抗不安薬との長い付き合い #1

19歳の私は当時の勤務先で就業中に、立ちくらみとも違う、手足が冷たくなって気がついたら近くの椅子に崩れ込んでおりました。そのまま医務室へ行き、少し横になって業務にもどりましたが、またクラっとくるんではないかという不安や冷や汗や胃がキュッとなる感じで仕事どころではなかったと記憶しています。

次の日は大事を取って休み、近くの内科へ行きました。これが長い長い抗不安薬との付き合いのはじまりになるとは露知らず..

ひとまずワイパックス(ロラゼパム)で様子見を

一通りの症状の説明をしたところ「気にし過ぎかもね」ということでワイパックス0.5mgを処方されました。

それでしばらく様子見をしていましたが、不安や冷や汗や胃の症状はおさまりませんでした。

医者のその質問は正しかったのか

改善を見せない症状で「気分は憂鬱ですか?夜は眠れていますか?」と毎回聞かれていたと思います。

18歳で親元から離れ、寮住まいで仕事をしていた身分からすると、よほどのパーリーピーポーでないかぎり「どちらかといえば憂鬱」かつ「(夜はテレホで)睡眠不足」みたいな状態かと思います。

医者へ行くたびに薬が変わり、睡眠導入薬や睡眠薬も処方されるようになり、次第に薬漬けの様相を呈してきました。


処方された順と私に対する効き

抗不安薬・抗鬱薬

ソラナックス(アルプラゾラム) 初め効いたが体に合わず変更
セルシン(ジアゼパム) 眠気がひどい
デパス(エチゾラム) 一番気持ちが落ち着いた
デプロメール(フルボキサミン) 死にたくなった
プロチアデン(ドスレピン) 悪化した

睡眠導入薬・睡眠薬

マイスリー(ゾルピデム) 効かなかった
ハルシオン(トリアゾラム)
効いたり効かなかったり
ロヒプノール(フルニトラゼパム) 抜群に効いた
アモバン(ゾピクロン) 苦い・効いた
ゾルピデム 多分効いた

 

中でも当時1999年に新薬SSRIとして出たデプロメールを処方された際は、1錠飲んだだけで、当時3階に住んでいたのですが「飛び降りたい!」と謎のテンションが襲ってきてなんとか布団にくるまって自制した記憶があります。

当時の医者には「そんな事ないと思うんだけどな」と言われましたがすぐやめました。因みに現在はSSRISNRIの副作用には「自殺企図」が明示されています。

「タミフル」が出たばかりのころ子供がマンションから飛び降りた等などよく聞いた話ですが、あれと同じようなものかな。と勝手に思ってます。
「飛び降りたい欲」が出てくるので幼い子供なんかはおさえきれなかったのかな、なんて思ったりもします。

■病院も渡り歩く

最初に行っていたのは個人経営の内科でしたが、その次には総合病院の精神科(隔離施設があるレベルのところなのでかなりあしらわれ気味でした)、そして少し遠くにいい心療内科があるというので、結局はその心療内科に通ったのが一番長い通院になりました。

やはり心療内科はちゃんと話を聞いてくれて、病院といっても雰囲気もやわらかく安心できる環境がこの手の症状には必要なのだなと感じました。

薬については、最終的にはデパス1mgを三食後、頓服でセルシン10mg、寝る前にハルシオン0.5mgとロヒプノール2mgとデパス1mgという、今考えるとそうとうキツい飲み方をしていたと思います。

ついに退職を決意

薬漬けの日々に心身ともに参ってしまい、ついに仕事を辞め、実家に戻ることになりました(当時21歳)。

「若いんだし、ゆっくり治せばいいよ」と今思えば至極当然の事を親から言われましたが、この薬漬けをやめなければ社会復帰はできない!と勝手に思い込んでいて、薬を減らすべく、行動をするのでした。

#2へつづく